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「ゲーム脳」は本当に「トンデモ」なのか?  このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク - 「ゲーム脳」は本当に「トンデモ」なのか?

個人的にはゲーム脳を鼻で笑っていた部類の人間です。が、以前にこのブログで紹介した「戦争における「人殺し」の心理学」を読んで以来、「ゲーム脳」という言葉を目にするたびにこの本を思い出して揺らいでいます。前回の内容と重複するのを承知で書いてみます。

この本の著者はアメリカの元軍人で、現実の戦場や訓練などから得た経験/知識を持っています。

著者の主張をそのまま、または私なりに言い換えて書くと、以下のようになります。

  1. 人は同類を殺すことに心理的抵抗がある。過去の戦争では軍人の対人発砲率が非常に低かった。
  2. 条件付けを行うことでその抵抗を減らすことが出来る。訓練により対人発砲率が格段に上昇した。
  3. 条件付けの方法には「擬似殺人を繰り返す」「リアルな標的を使う」などがある。

この 3 に「ゲーム内の殺人や暴力」が含まれると思えるんです。

数年前、実際にアメリカ陸軍はFPSのようなシステムを訓練用に購入しています。(本当に訓練に使用されているかどうかは分かりませんでした)。

ゲーム脳を批判する人は頭ごなしに否定するのではなく、とりあえずこれを論破してほしいです。

自分で思いつく反論には先に答えておきます。

暴力的ゲームは子どもを暴力的にしないとの調査結果」があります。これは子供が対象です。子供はもともと理性による抑制が弱いため、暴力性に差が出なかったと考えられます。大人での調査結果があれば教えてください。

ゲーマー上がりの兵士は地雷を見つけるのがヘタクソ(英語)」という記事があります。これは「自分の命を守ることをおろそかにする」という意味で「ゲーム脳」の一側面と考えられますので、反論になりません。

戦争と日常生活とでは状況が異なる。それは確かにそうですが、日常生活でも暴力を振るいたくなる場面は多少なりともあるはずです。ゲーム内の暴力によって、その時の暴力衝動を抑えられる限界が下げられると考えられます。

さあどうでしょう。

コメント

はじめまして、今更ながらですが自分も考察してみたいと思います。
論点は、米軍の訓練によって人を人と思わなくさせることができたのだから
普段から人殺しゲームによってシュミレーションをしている人は、人を人と思わなくなる、よってゲーム脳は否定できない。でよろしいでしょうか?
個人的には、影響はほとんどない、よってゲーム脳はありえないと思います。
論拠にあげる部分としては、ゲーム脳否定論とほぼ同じ論調になりますが。
一、日常生活がゲームに依存している状態とは、すでに別の精神異常と並列している可能性があるため、日常生活のなかでの一般的なプレイ時間で精神的な影響がただちにでるとは考えられない。
一、米軍訓練と一般人は生活空間が異なる、プレイする前に自分に与える前提において脳の理解度が異なる。
一、トリガーが引けるか?と引きやすいか?は別として考える必要がある。
くらいでしょうか。
ゲーム脳とは、繰り返しゲームをすることによって自分を洗脳するという論だと思うのですが。
一般的な日常生活においてのプレイ時間は、現実に戻る時間の方が長くなります。秩序ある社会活動に長時間いることによって、健康的な人間はゲームを繰り返ししているとしても現実の区別がつくものとします。
逆にゲームを睡眠時間を削ってまで20時間プレイする人間の場合、現実との境界線が曖昧になるというのは大いにあることだと思います。
しかし、その場合、ゲームによって人格が破綻した。とは言えるかもしれませんが。
一般的に知られるゲーム脳とは、度合いに限らず反復してゲームばかりしていると現実の区別がつかなくなるという論調です。
重度のプレイヤーを引き合いに出して、さも一般的なプレイヤーに影響が出るという結論に至るのはやはりコジツケと取られるのは至極当然のことのように思います。
論点が殺しの訓練をしているか?という意味であれば
現時点での私の回答は恐らくはイエスになると思います。
実行するか?はまた別の議論になります。

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